次世代を担う時計職人たち――近江時計学校・染矢泰輔講師/松浦喜徳講師/学生インタビュー

(右から)
伊藤光俊 講師
染矢泰輔 講師
藤本講師(オンラインウォッチアカデミー)
松浦喜徳 講師
時の聖地で育まれる時計技術
日本の神社の中に、時計学校があることをご存じでしょうか。滋賀県大津市の近江神宮は、天智天皇が漏刻(水時計)を用いて日本で初めて時を知らせた故事にちなみ、6月10日を「時の記念日」と定めた“時の聖地”です。境内には時計館宝物館や時計工房があり、さらに時計技術を学べる「近江時計眼鏡宝飾専門学校(通称:近江時計学校)」が併設されています。
当オンラインウォッチアカデミーは、機械式時計の魅力や文化を未来へ伝えることを使命とし、その原点を探るためにこの地を訪れました。今回の取材では、現代の名工に選ばれた染矢泰輔(そめや たいすけ)講師、製造現場から教育へ転じた松浦喜徳(まつうら よしのり)講師、そして技能五輪全国大会に挑む学生にお話を伺いました。それぞれの言葉から、時計職人を目指す人々が何を学び、どんな夢を抱いているのかを探っていきます。
染矢泰輔講師――現代の名工が語る基礎の大切さ

(右)染矢泰輔(そめや たいすけ)講師
染矢泰輔講師は、高校卒業後に近江時計学校で時計修理や治工具製作を学び、その後、同校の講師として後進を育成してこられました。現在は授業のほか、技能検定や技能五輪の運営・補佐にも携わり、一般からの修理や部品製作の依頼にも対応しているといいます。
「時計修理の上達には、卓上旋盤を扱えるかどうかが大切です。近江時計学校では入学直後から旋盤実習に入り、数ミリ単位のネジや歯車を自作します。失敗の連続を乗り越えるプロセスが、後の修理や調整の幅を広げてくれる――」と語ります。
また、指導のやりがいは「できなかった作業ができるようになる瞬間にあります。模擬競技や本番で成果が出たときはもちろん、日々の実習で学生の表情が変わる瞬間に、教育者としての喜びを感じます」とのこと。
松浦喜徳講師――製造から教育へ、経験を次世代に

(右)松浦喜徳(まつうら よしのり)講師
松浦喜徳講師は、盛岡セイコー工業で組み立て・精度調整に携わった経験を持ちます。量産工程では多くの人が協力して一つの時計を作り上げますが、修理の現場では一本一本の個体に向き合い、状態の見極めと判断が求められます。松浦講師は「新しい部品を作るより、元の部品をいかに生かすか」を重視し、歴史や構造理解を伴う指導を心がけていると話します。
教育の現場に入ってからは、自身の経験を言語化する難しさと面白さを実感したそうです。学生のつまずきに向き合うことで、現場での“当たり前”を組み立て直し、伝わる説明へと磨いていく――その営み自体が、講師にとっての学び直しになっていると述べます。

講義の様子
技能五輪に挑む学生――挑戦と成長の軌跡

技能五輪に出場予定の生徒さん
技能五輪全国大会の時計修理競技に挑戦する学生は、日々の実習に加えて自主トレーニングを重ねています。入学当初は時計の構造や図面の読み方に戸惑いがあったものの、旋盤やヤスリでネジや歯車を自作する過程を通して、部品の役割や動きが身体に落ちていったと話してくれました。
競技では、限られた時間内に分解・診断・修理・組み立てまでを行う高度な判断力と手さばきが求められます。「緊張はするけれど、練習で身につけた手順を信じて臨みます」。将来については「多様な時計に向き合える修理士として経験を積み、いつか自分の工房を持ちたい」と語っていました。学んだ技術を将来は後進に伝えたいという思いも聞かせてくれました。
近江時計学校で学び、社会で経験を積み、やがて教える立場へと回帰する――実際に講師を務める先輩方が歩んできたこの循環が、文化継承の歯車を確かに回し続けています。こうした連続性こそが、日本の時計文化を未来へつなぐ力になると強く感じられました。
結び――時計技術を未来へつなぐために

近江神宮
近江神宮の境内で半世紀以上にわたり続いてきた近江時計学校では、現代の名工として技術を極めた指導者と、製造現場の経験を持つ講師陣が、次世代の時計技術者を育てています。学生は基礎から実践までを丁寧に学び、技能五輪や就職を通じて腕を磨いています。
そしてそこには、学ぶ者がやがて社会で経験を積み、それぞれの立場から次の世代へ技術や思いをつないでいく流れがあります。その連続が時計文化の歯車を静かに回し続け、まさに「中今」の精神とともに日本の時計文化を未来へ受け渡していくはずです。時を尊ぶ近江神宮の精神と、手仕事の美しさを継承する学校の教育、そしてそこに関わる人々の思いが、これからも日本の時計文化を支えていくことでしょう。
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関連リンク
本記事で取り上げた近江神宮と近江時計学校について、詳しくは以下をご覧ください。※本記事はオンラインウォッチアカデミー(OWA)が、時計文化の魅力を未来へ伝える活動の一環として取材・制作しました。